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ISUZU Piazza

いすゞ ピアッツァは117クーペの後継として1981年に登場しました。同じくジウジアーロのデザインによるもので、当初は70年代の一連のデザインスタディカー、アッソ・シリーズ(Serie Asso)の最終作“Asso di Fiori”として1979年にジュネーブショーでいすゞとイタル・デザインの共同名義で発表されました。

いすゞ ピアッツァ

実際にはいすゞからの幾つかの要件付きの依頼を受けたジウジアーロがアッソ・シリーズを発展させてデザインしたもののようです。フロントの半開きのライトはいすゞ側のアイデアであるという記述もあります。ショーでのAsso di Fioriの好評を受け市販化が決まりコンセプトカーのイメージをほぼそのまま保ち量産化されたのがピアッツァです。アウディ100に先駆けて量産車初のウインドウのフラッシュサーフェイス化が行われるなど、その生産には様々な新技術が開発されたそうです。

いすゞ ピアッツァ

ちなみにアッソ・シリーズにはPicche Quadori Fioriの3作と、当初Fioriになるはずであった現代(Hyundai)Pony Coupeを入れて4作があるようです。

1973年 Asso di Picche(ベース車:アウディ80) フランクフルト・ショー
1974年 Hyundai Pony Coupe(当初のAsso di Fiori) トリノ・ショー
1976年 Asso di Quadori(ベース車:BMW320) トリノ・ショー
1979年 Asso di Fiori(ベース車:いすゞ ジェミニ) ジュネーブ・ショー

いすゞ ピアッツァ

コンセプトカーの開発はいすゞが提供したジェミニZZのシャシーで行われ、市販車のシャシーもFRジェミニベースのようです。そのためか運動性能はそれほど良くなかったようですが、スタイリングが動力性能の弱点を凌駕するほどの強烈な個性を持っています。

いすゞ ピアッツァ

今見ても全く色あせないデザインですが、先進的すぎたのか当時はあまり人気がなかった(とくに子供には)ように思います。またその形状から「走るマヨネーズ」と揶揄されていたのは有名です…
いすゞの他車の例に漏れず1981年〜1991年まで長きに渡り生産されましたが、モデルチェンジ後の2代目は全く異なる小さなアメ車のようなスタイルになってしまいガッカリしたのを覚えています。

いすゞ ピアッツァ

写真はバンダイの1/20ピアッツァです。大昔のキットでモーターライズですがサスペンション周りやエンジンルーム内の再現度が非常に高いです。後輪リジットのリンクやスタビライザー?などの足廻りが詳細に再現され、フロントサスペンションもダンバー類がいちいち別部品化されていて驚かされます。

いすゞ ピアッツァ

エンジンはプラグコードも再現され補器類も細かくパーツ化、下部から後端に続くマフラー類もきちんと再現されています。内装も特徴的なサテライトスイッチやデジタルメーターが再現されています。精度は悪いので組み立ては面倒ですが…
残念ながらそのまま組み立てるとプロポーションがもっさりした感じになってしまいます。それで車高やトレッドをいじったりボディ各所を削って全体がスマートになるように色々試みましたが、いじりすぎ故あまり綺麗には仕上がりませんでした。特にサイドウインドウを切り出してはめ込みにしたのですが接着で汚くなってしまったのが悔やまれます。

いすゞ ピアッツァ

市販車は当初運輸省の許可が下りず初期はフェンダーミラーでしたが、キットにはドアミラーもついています。ホイールも市販車バージョンに加えジウジアーロデザインのものが付いているのでそれをつけてみました。タイヤがちょっと太すぎボリューム過多なので、真ん中で割ってトレッドを一列削り細くしています。

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古いながらも精密に再現されたプラモですがやはり作り難いです。
ピアッツァのプラモデルはフジミの古い1/24(これよりは新しい?)もあるはずですがなかなか手に入りません。フジミはロータスエスプリやヨーロッパなどの新規開発をしたりとヒストリックカーの開発に意欲的です。さらに117ベレットGTも出しているのでピアッツァもできれば1/24でリニューアルして欲しいところです。

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